投稿者: shiro_

  • 救命センター勤務から応援ナースへ|看護師の私が働き方を変えた理由

    病室の窓から朝日を見るたび、「寿命が削れた」と思っていたあの頃。

    はじめまして、shiro_です。

    私は今、看護師として働きながら、「応援ナース」として日本各地を旅するように転々と暮らしています。

    離島で海に沈む夕日を眺めたり、北海道で美味しい大自然の恵みをいただいたり、京都で歴史を感じながらお散歩したり……。

    そんな風に書くと、なんだかすごくキラキラした自由人にみえるかもしれません。

    でも、数年前の私はまったく違いました。

    救命センター勤務時代:職場と家を往復するだけのモノクロな毎日

    当時の私は、都内の三次救命救急センターで働く常勤ナース。

    文字通り、一分一秒を争う「命の最前線」に身を置いていました。

    やりがいは確かにありました。

    でも、それ以上に精神をギリギリまで削る日々。

    過酷な夜勤の終わりがけ、病室の窓からゆっくりと上ってくる朝日を見るたびに、私の心に浮かんでくるのはこんな言葉でした。

    「あぁ、今日もまた寿命が数年分、削れたな……」

    世界はこんなに広くて、外にはあんなに美しい朝の光が満ちているのに、どうして私はこのコンクリートの四角い箱の中で、ボロボロになりながら過ごしているんだろう。

    そんな疑問を抱きつつも、次から次へと運ばれてくる患者さんの対応に追われ、目の前の業務をひたすらにこなしていく。

    休日になれば、泥のように眠るだけで一日が終わる。

    気づけば、職場と家を往復するだけのモノクロな毎日になっていました。

    「このままでいいのかな」

    「もっと広い世界を見てみたい」

    「ひとつの場所だけにとどまらず、いろんな景色を見て、いろんな人に会ってみたい」

    心の奥底で小さく燃えていたその気持ちが、ある日ついに限界を迎えました。

    私は意を決して病院を退職し、オーストラリアへワーキングホリデーに行くことを決意したのです。

    (オーストラリアのワーホリでも、本当にたくさんのドラマや濃厚な出来事があったのですが……長くなってしまうので、それはまた今後の別の記事でじっくり書かせてくださいね!)

    2. ワーホリ帰国後、「もう絶対ナースはしない」と誓った私が応援ナースを選んだ理由

    オーストラリアでの自由な暮らしを経て日本に帰国したとき、私の心に固く誓っていたことがありました。

    「看護師は、もう絶対にしない。あの息苦しい世界には二度と戻らない」

    それくらい、かつての働き方で心も体もすり減っていたんです。それなのに、結局今の私はこうしてナース服を着ています。

    なぜだと思いますか?

    それは、「応援ナース」という、私の理想のライフワークバランスに完璧にマッチする働き方に出会ってしまったからです。

    最初は不安しかありませんでした。

    「常勤(正社員)として働かずに、数ヶ月単位で病院や施設を転々とするなんて、キャリア的にも生活的にも不安定すぎるんじゃないか?」って。

    でも、いざ一歩を踏み出してみたら、その不安は一瞬で吹き飛びました。

    今では私にとって、応援ナースは「自分らしく、人間らしく生きるための大切な選択肢」になっています。

    「安心感」と引き換えに押し殺していたもの

    常勤として働いていた頃は、確かに「安心感」がありました。

    毎月決まった日にお給料が振り込まれ、慣れた職場で、気の合う顔なじみのスタッフや患者さんと関係性を作っていく。マニュアルも物品の場所も全部分かっているから、仕事がやりやすい部分はたくさんありました。

    安心感と引き換えに、私は「自分の自由」や「まだ見ぬ世界への好奇心」をずっと押し殺していたんですよね。

    「自分で働く場所も、働く期間も、お休みのタイミングも全部自分で選びたい」

    「自分の人生の主導権を、もう一度自分に取り戻したい」

    その願いを叶えてくれたのが、応援ナースという選択でした。

    3. そもそも「応援ナース」とは?派遣や常勤と何が違うの?

    「応援ナースって最近よく聞くけど、具体的にはどんな仕組みなの?」と気になる方も多いと思います。

    ここで少し、その特徴を分かりやすく整理しておきますね。

    一言で言うと、応援ナースとは「看護師不足に悩んでいる全国の病院や施設に、3ヶ月〜半年などの期間限定で入って助っ人をする看護師」のことです。

    人手が足りない「今、まさに困っている現場」へ行き、ピンポイントで現場を支える役割を持っています。

    まさに医療現場の救世主のような働き方です。

    応援ナースの4大メリット

    働く「場所」と「期間」を自分で選べる: 

    求人は日本全国にあります。離島、沖縄、地方都市の救急病院、のんびりした介護施設など、自分の興味があるエリアを指名して契約することができます。

    基本は「即戦力」としての採用: 

    足りない人手を補うため、基本的にはある程度の臨床経験があり、新しい環境でも柔軟に動けるスキルが求められます。

    面倒な業務(委員会や看護研究)が免除されやすい:

     ここが常勤との大きな違い!病棟の運営に関わる委員会活動や、プライベートを侵食しがちな看護研究、新人指導といった業務を任されないケースがほとんど。そのため、「目の前の看護業務」だけに100%集中できます。

    充実の待遇(高収入+寮付き):

     ボーナスがない代わりに、月々のお給料が高めに設定されている求人が多いです。さらに、多くの病院で「家具家電付きの寮」が格安または無料で用意され、現地までの赴任費用(引っ越し代や交通費)も支給されます。

    「がっつり働いて、期間が満了したら数週間〜数ヶ月の長期休暇を取って旅に出る」なんていうメリハリのある暮らしができるのも、この特徴があるからなんです。

    4. 離島に京都!私の応援ナース生活のリアルな日々

    応援ナースの道に飛び込んでから、私の毎日はモノクロからカラフルへと一変しました。

    これまでに、離島、京都、東北、北海道など、本当にいろいろな土地でナースライフを送ってきました。

    赴任先が変わるたびに、窓から見える景色も、肌をかすめる空気の匂いも、飛び交う方言も、出会う人たちの温かさも違っていて、そのひとつひとつが愛おしくて新鮮です。

    救命センター時代には想像もつかなかった「島ライフ」

    例えば、念願だった離島での応援ナース生活。

    仕事が終われば、そのまま島の子たちと合流して海岸線でBBQをはじめたり、綺麗なビーチで地元の名人に教わりながらイカをモリで突いて捕まえたり。

    夜になれば、満天の星空を見るためだけに車を走らせてドライブに出かける。

    救命センター時代は、勤務が終われば文字通り「疲れて帰って泥のように寝るだけ」だった私が、同じ看護師という免許を使って、こんなにも豊かで人間らしい生活を送れている。

    初めて島で星空を見上げたとき、感動と驚きで胸がいっぱいになったのを今でも鮮明に覚えています。

    もちろん、新しい職場に入る初日の朝は、毎回ちょっとだけ緊張します。

    • 「物品の場所を早く覚えなきゃ」
    • 「ここの電子カルテの使い方はどうやるんだろう」
    • 「スタッフの皆さん、優しい人たちだといいな」

    最初は戸惑うことも、正直あります。でも、そのドキドキも含めて、今の私にとっては「世界を広げてくれる大切なエッセンス」なんです。

    5. やってわかった!応援ナースの「良かったところ」と「大変なところ」

    良いところばかりがクローズアップされがちな応援ナースですが、経験者目線で、リアルなメリットとデメリットを包み隠さずお伝えしますね。

    ◎ やってみて心から良かったと思うこと

    短期間で圧倒的に視野が広がる

    病院や施設によって、医療のやり方も、看護師に求められる役割も少しずつ違います。その「違い」を肌で感じられるのが最高に面白いです。

    土地ごとの「地域性」や看護のあり方に触れられる 

    大都会の最先端医療だけが看護ではありません。地方や離島に行くと、「地域みんなで患者さんを支える温かさ」や、生活に寄り添った看護の大切さに気づかされます。

    自分の心地いい暮らし方」を見つめ直せる 

    数ヶ月ごとに住む場所が変わることで、「私って本当はどんな部屋が落ち着くんだろう?」「どんな毎日を大事にしたいんだろう?」と、自分自身と対話する時間が圧倒的に増えました。

      × 正直、ここは覚悟が必要だと思うこと

      毎回ゼロからの人間関係構築 

        数ヶ月ごとに「はじめまして」からスタートするので、人見知りの方や、人間関係をじっくり何年もかけて深めていきたいタイプの方には、少しエネルギーの消耗を感じるかもしれません。

        「即戦力」のプレッシャー

         初日から「じゃあ、これお願いね」と業務を任されることもあるため、最初の数週間は思った以上に気を張ります。わからないことを「わからない」と素直に周囲に聞きまくる丁寧さが求められます。

          でもね、この大変さを乗り越えるたびに、私の中に「あ、私ってどこの環境に行っても、ちゃんと周りと協力してやっていけるんだ」という、揺るぎない自信が積み重なっていったんです。

          これは、ひとつの病院にずっといたら絶対に得られなかった、私の一生の財産です。

          6. 働き方に正解なんてない。私がこれからも応援ナースを続けたい理由

          私は、あのとき勇気を出して応援ナースという働き方を選んで、本当に本当によかったと思っています。

          「今の私のバイオリズムなら、次はどこの土地が合うかな?」 「ちょっとお疲れ気味だから、次はのんびりした介護施設で丁寧なケアをしようかな」

          「冬の北海道を楽しみたいから、次は北へ行こう!」

          そんなふうに、自分の心の声に耳を傾けながら、無理なく続けられる環境を自分でカスタマイズできる。

          この心地よさを知ってしまったら、もう昔の「箱の中に閉じ込められていた私」には戻れません。

          おわりに

          一つの病院で長く働き、スペシャリストを目指してキャリアを積んでいく。それも本当に素晴らしい、尊敬すべき看護師の姿です。

          でも、もし今のあなたが、かつての私のように「毎日仕事と家の往復だけで、寿命を削っているような気がする……」「もっと違う世界を見てみたい」と悩んでいるなら。

          「応援ナースとして、自分のために生きてみる」という選択肢があることを、どうか思い出してください。

          これからも、私自身の旅の記録や、応援ナースのリアルな日常、現地で感じたことなどを、飾らない言葉で少しずつ発信していきたいと思っています。

          応援ナースという働き方に興味がある方、今の働き方にちょっとモヤモヤしている方、あるいは「shiro_の旅日記をのぞいてみたい!」という方。

          誰かの一歩を優しく後押しする、小さなきっかけになれたら嬉しいです。

          完璧じゃなくていい。

          誰かの決めた正解に合わせなくていい。

          ゆるやかに、でもちゃんと、自分の本当の気持ちに向き合いながら。お互い、自分らしい日々を重ねていきましょう。

          ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!